風とデコハゲ

デコハゲが最も恐れるもの、それは風である。

風を心地よいと感じることはないのである。

 

てっぺんハゲは特に気にならない風だが、デコハゲにとっては致命的になる。

てっぺんハゲになりたいとは思わないが、てっぺんハゲよりもつらいと感じている。

せっかく自宅でセットした前髪が風で無惨に吹き飛ぶのである。

それも、一瞬で。

 

デコハゲは家でそれは念入りに念入りに前髪をセットするのである。

鏡の前で何度セットしても薄い前髪から、透いて見えるデコ。

何度も櫛を通し、ようやく人に見せられる容姿になったと勘違いをして外に出る。

ひたすら風が吹かないことを願いながら歩く。

 

ところが、風は容赦無くデコハゲの前髪を破壊する。

一瞬で惨めな姿へと変わることになる。

それも前から強い風が吹き続けるのであれば、もうなす術がない。

1回や2回髪が乱れたくらいであれば、なんとか手で整えて、最悪の事態は回避することができるかもしれない。

デコハゲは鏡を見ずとも感覚だけで前髪を整えることができる。

ただ、そういうことはほとんどなく、風は吹き続け、前髪はもう助かることはない。

 

ある程度髪がなければワックスで固めることもできない。

帽子を被っても脱いだ後にひどいことになるだけである。

前髪を手で押さえながら歩こうか?

 

デコを晒して歩きながら、どうして生きているのか自分に問いかける。

デコハゲに人権はあるのか?

行き交う人の頭を観察すれば、自分と同じようにハゲている人は見つからない。

笑い声が自分に向けられていると怯えながら歩き続けるのである。

頭を下に向けて少しでも風の影響を減らそうとしながら。

 

そうしてデコハゲはようやく目的地にたどり着く。

雨でもない日に、風が吹かない屋内の有り難みを感じるのは、デコハゲくらいである。

目的地には着いたが、目的の場所にはまだ行かない。

 

デコハゲはまず前髪を直さなければならない。

早く前髪を直さなければならない。

いますぐ前髪を直さなければならない

知り合いの誰かに気づかれる前に前髪を直さなければならない。

 

トイレはどこにあるのか?

デコハゲは既に場所を把握している。

足早に洋室に入っておもむろに鏡と櫛を取り出す。

完全には元に戻らないことを知りながら、丁寧に前髪を整え直していく。

これで大丈夫だろうか?

大丈夫かわからないから、何度も直して時間は刻々と過ぎていく。

いつ出ていけば良いのか?

職場・学校での自分の姿を想像しながら、動悸が早まっていく。

無意味な時間を過ごしているのではないか?

答えが見つからないまま、デコハゲはついに外に出る。

 

デコハゲは目的の場所へ歩いていた。

ある程度の自信は取り戻していた。

歩く途中で風を感じた。

屋内であるにもかかわらず。

換気のため窓が1つ開いていた。

その事に横を通り過ぎるまで気がつかなかった。

その時、

一瞬で、強風が吹き込んだ。

その時、

前髪は。

 

ハゲット・マペット

「どうも、ありがとうございました」